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FETISH STATION

From Tokyo to the world.

【動画】 リアル・ラバードール

2008.10.01 [ Edit ]

Rubber_doll_01  Rubber_doll_02  Rubber_doll_03


 もしもダッチワイフが自力で動いてサービスしてくれたら……。
 そんな、ちょっとファンタジーっぽい動画をご紹介します。

YouPorn.com (BETA) - Real rubber doll
 (クリックすると動画再生開始。BGM が流れますのでご注意ください。)

 ダッチワイフと添い寝している男。ところが、ダッチワイフが動き出して、男を誘惑し始めます。
 全身ラバースーツの動画はあちこちで見かけますが、この動画のユニークな点は、生身の女性にラバースーツを着せてプレイするのではなく、あくまでも 「人形が動き出す」 というコンセプトで作られているところ。(もちろん実際には女性が人形を演じているわけですが。)
 5分少々の長さなので、プレイ自体はいろんな体位を取り入れながらちょっとずつしかやってないんですが、それでもこれはかなり刺激的。日本のフィーメールマスクがどんどん人間に近い造形をきわめていくのに対して、こちらはあくまで人形を演じるというところが、別の意味で 「リアル」 なのかもしれません。
 こんなバカっぽい顔とロケットおっぱいじゃ興奮しないよ! という方もいらっしゃるでしょうけど、本物のダッチワイフはこんなもんです。いや、もっとひどいです。

www.Real-Rubberdoll.com
 その他の画像・動画はこちらの公式サイトでどうぞ。(こちらは有料です。)
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映画 『グーグーだって猫である』

2008.09.10 [ Edit ]

ミイだって猫である


 大島弓子のマンガというのは、ある年代の女性に圧倒的に支持されていたことがあって、ほとんど誰もが読んでいるというか、作品の好き嫌いは人それぞれだけど、とにかく読んでいないとお話にならないみたいな、そういう時期がかつてはあったような気がする。(もちろん、我が家の本棚にも 『綿の国星』 はある。)
 公開中の映画 『グーグーだって猫である』 は、思春期にそういう経験をしたことのあるひとたちのためのものであって、大島マンガを読んだことがなかったら、さっぱりわからない作品かもしれない。本作は大島弓子の原作である漫画エッセイを映画化した、というよりは、映画を通じて一人の少女漫画家について語ろうとしたものになっているからだ。

 主演の小泉今日子はかつて 『子猫物語』 という映画でナレーションをつとめたことがあるが、ああいう動物映画を期待して見に行くとがっかりする。登場する猫たちはかわいいんだけどね。
 冒頭、15年間飼い続けたメス猫サバが死ぬ場面は泣ける。映画が始まって最初の10分で泣いたのは初めてである。(原作を読んだときも、最初の2ページで泣いたんだった。) 大島弓子のマンガには、猫が人間の姿で描かれるものが多いが、あの表現を映画ではどんな風にやるんだろう、と思っていたのだけれど、そうきたか! という感じで、サバが少女(15歳の大後寿々花が好演!)となって現れるシーンは素晴らしいと思う。ちなみに、脚本の構想段階ではサバの役は岸田今日子をイメージして書かれていたらしい。それも見てみたかった。

 音楽がすごく変だ、と思ったら、細野晴臣だった。
 解決しないコード進行に微妙な不協和音。アコースティック・ギターとシンセサイザー中心のいわゆる “癒し系” のサウンドだが、ちっとも癒されない。良いのだかどうかよくわからないのだけど、たぶん悪くはないんだろう。LSTY さんだったら、きっと褒めると思う。
 音楽といえば、林直次郎(平川地一丁目の弟のほう)がアマチュア・ミュージシャンの役で出演している。13歳でデビューした当時は神がかり的な美声だった彼だけれど、変声期を過ぎてから声がまったく出なくなってしまい、ちょっとこういう役はかわいそうだと思った。現在17歳だが、この映画を最後に芸能界引退だそうである。

 大島弓子が住んでいるという吉祥寺の町並みをきれいに撮っていることもあり、ちょっとしたサブカル回顧録になっているのも、この映画の魅力である。井の頭公園、象の花子、いせや、ハーモニカ横丁……。楳図かずおだって、この街の風景の一つなのだ。
 いやあんなのは本当の吉祥寺じゃない! とか、80年代少女漫画の真髄とは! とか、いろいろ語りたい女性がいらっしゃったら、チューハイ飲みながらお話をうかがってみたいものです。ただし割り勘で。


映画 「グーグーだって猫である」 公式サイト



グーグーだって猫である1 (角川文庫 お 25-1)グーグーだって猫である1 (角川文庫 お 25-1)
(2008/06/25)
大島 弓子

商品詳細を見る


女子ソフトボールのユニフォームがエロかっこいい件

2008.08.30 [ Edit ]

 北京オリンピックはとっくに終わってしまったわけですが、女子アスリートのユニフォームで(フェチ的な意味で)非常に気になったのが、ソフトボール日本チームのものです。特に、あの身体にフィットした黒いアンダーシャツ。(アメリカのやつはすごくダサかったですが。)
 オリンピックが始まるまでは、競泳のレーザーレーサーに注目していたのですが、タイム・記録などへの貢献はともかく、なんとも着心地が悪そうで、見た目につらいものがありました。ところが、ソフトボールのアンダーシャツは意外なことに、ぱっと見かわいらしく、素敵な魅力に満ちていることがわかりました。元々僕は脚フェチなので、二の腕などに興味を持つことはなかったのですが、今回は本当に素晴らしいと思いました。金メダルもとったしね。

080830_01.jpg
 これですね。裾の短い白のシャツから覗いているウエストの黒いところもポイントです。腹筋やへそが丸出しになっているより、はるかによろしい。


080830_02.jpg
 優勝が決まった瞬間のチームのみなさん。キャッチャーは長袖を着ていました。首の部分はハイネックになっているようですね。汗だくだったんじゃないかと思いますが、中は一体どうなっているのでしょうか?


080830_03.jpg
 一方こちらは女子野球ワールドカップから。これも結構かわいいと思いますが、上に着ているシャツの裾をズボンの中に入れてるんですね。画像を見て、初めて気がつきました。


MIZUNO | BIOGEAR
 女子ソフトボール日本チームのアンダーシャツは、ミズノのバイオギアという商品が使用されているそうです。サイトを見ると、そんなに高い値段のものではなさそうですし、こういうのがもっと普及するといいなあと思います。

【ゼンタイ動画】 Zentai costume video

2008.07.14 [ Edit ]

zentai_video


LIBERATOR というアダルト・グッズのショッピング・サイトで公開されているゼンタイ動画をご紹介。
アダルト・グッズといっても、小さなのは大人のオモチャやコスチュームから、大きなのは家具までいろいろ扱っています。
で、この動画は残念ながらゼンタイではなく、「ベッド」の CM なんですよ。


Zentai costume video - Watch more free videos


軽快な音楽に合わせて、全身タイツの男女が踊ったり絡み合ったりしているんですが、どう見てもベッドが目立ちません。
果たしてこの商品、売れるのでしょうか?

Liberator.com : Liberator Shpes Bedroom Adventure Gear
元サイトの動画はこちらから。

映画 『ゲド戦記』

2008.07.12 [ Edit ]

※本記事は2006年8月、劇場公開時に書いたものです。ネタばれはありません。

原作者、アーシュラ・K・ル=グウィンについて

アーシュラ・K・ル=グウィン - Wikipedia
 最後に読んだのが10年くらい前のことなので恐縮だが、僕はそれ以前のル=グウィンの翻訳された小説を全て読んだことがある。それくらい、彼女の小説はどれも面白かった。ストーリーが退屈な小説もたまにあったが、他の作品とのさまざまなつながりを探し出すのも、楽しみの一つだった。
 ル=グウィンは、ガチガチのフェミニストである。社会に対する物の見方がやたらと偏っている。「ユーモアの感覚が欠落している」 と指摘したのは、ブライアン・オールディスだっただろうか。理屈っぽくて、話が堅い。さらに、重厚長大な作品が多い。テキストがぎっしりと詰め込まれた文体は、斜め読みを許さず、読みにくい。
 それでも、めげずに読み進めて行けば、緻密に描かれた物語世界が眼の前に広がり、最後には必ず爆発的なカタルシスが待ち受けている。そんな彼女の作風は、現代から見ればやや時代遅れな部分もあるかもしれない。しかし、それらの作品は10〜20代だった僕を、常に魅了していた。

映画化された 『ゲド戦記』

 公開中の映画 『ゲド戦記』 を観たが、早々に評判は最悪である。
 当たり前だ。いきなりコミックスの第3巻を借りてきて、読まされているような映画なのだから。
 アニメは“絵”が命である。“絵”を見て、そこに何が描かれているのか判らなければ、アニメとしての価値はないと思う。ところが、本作は、物語世界の中の出来事を、全てセリフで説明しようとする。そのため、ますます説明不足に陥って行くのである。

 主人公アレンは、なぜ父親を殺したの?
 ゲドはどこへ向かって旅をしているの?
 テナーはなぜ村人に嫌われているの?

 物語の基本となるこれらの事柄は、最後まで明かされず、謎のままだ。行動の動機が不明な登場人物に対して、観客は感情移入しない。いや、出来ないのである。

矮小な世界観

 小説を映画化するときに、原作とは別物に仕立て上げることを、僕は決して悪いとは思わない。映画のベースとなった原作の第3部は、『さいはての島へ』 という邦題がつけられており、文字通り世界の果てまで旅を続ける長編だが、映画は、どこかの小島を舞台に、わずか数日で終点まで行き着いてしまう。そのこと自体を、僕は悪いとは思わない。
 しかし、徒歩で、水も食糧も持たず、手ぶらで旅立つことの可能な世界は、日帰りピクニック以下である。アレンは、リュックサックを背負って遠足に出かける小学生を見習うべきだ。
 テナーに「春先は忙しいから」と言われて、ゲドとアレンが、畑を耕したり、種を蒔いたりするシーンがあるが、アレンが水辺に走っていくと、そこには背の高い夏草が生い茂っている。こういう場面の連続を見ると、確かに「世界の均衡が崩れつつある」のだと思う。
 全く、いい加減にしてもらいたいものである。

余裕のないストーリー

 個々のシークエンスよりも、全体の流れに重点を置いたストーリー展開は、今どきの映画には珍しく、その点については評価したいと思う。
 しかし、途中で息をつくひまがないのだ。笑える場面が一つもないのである。主人公側の登場人物がほとんど笑わないのも、本作の特徴だ。(もっとも、少女テルーがニッコリ微笑んでファンにサービスしたりしたら、フェミニストのル=グウィンが黙っていないだろうが。)
 理屈っぽくて、話が堅い。長いセリフがぎっしりと詰め込まれている。原作の悪いところばかり、拾い集めているのではないか。それでいて、唐突なクライマックスには、カタルシスが一片も感じられないのである。壮絶な戦いの最後に現れるアレは、一体どこから出てきたのだ?

 監督、宮崎吾朗は、プロフィールを読む限り、アニメーション製作の経験が皆無のようである。巨匠の息子だからとか、新人だからとか、そういうことには関係なく、彼はアニメには向いていないのだと思う。

 僕のように、ブログのネタにしたいというひと以外は、映画館へ足を運ぶ必要はない。
 そんな金があったら、家族を食事に連れて行くほうが良いと思う。

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【リンク】
スタジオ・ジブリ - ゲド戦記 - 公式サイト



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