太宰治 『地図 初期作品集』
2009.05.06 [ Edit ]
その頃の私は、大作家になりたくて、大作家になるためには、たとえどのようなつらい修業でも、またどのような大きい犠牲でも、それを忍びおおせなくてはならぬと決心していた。
太宰治 「断崖の錯覚」 (昭和9年、黒木舜平というペンネームで発表された小説。)
本書は太宰治の、県立青森中学校時代、旧制弘前高等学校時代から、処女作品集 『晩年』 (昭和11年発表)直前までの作品を中心に、編纂されたものである。(一部例外的に、デビュー後の新潮文庫未収録作品も入っている。) ほぼ年代順に構成されているため、太宰の成長、変貌ぶりがわかって非常に面白い。
子供の作文レベルとしか思えないような作品も混ざっているが、それでも太宰の、あの独特の自意識、自尊心、含羞は少年時代にすでに完成されていたのだと思う。また、青森・弘前時代の太宰には、都会的な文化に対する憧れが強く、方言に対する呪詛、不自然なまでに強調された東京弁の使用といったものが、文章からはっきりと伝わってくる。
それから、「ああ、この時期に太宰は童貞喪失したんだな。」 というのが、残酷なまでにわかってしまう作品もある。そういった点も含めて、本書は作品よりも作家自身に関心を持つ読者向けといえよう。もっとも、太宰の場合、多くの作品は作者に興味を持たざるを得ない傾向があるのだけど。
本書は、一人の天才作家の成長記録である。
全集本に収録済みの作品ばかりだそうだが、このような形で太宰の初期作品を読めるようになったのは、うれしいことだと思う。
これから本書を手にとろうという方は、先に 『晩年』 を読んでおくことを強くおすすめする。『晩年』 の原型となった小説がいくつか含まれているからである。
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スポンサーサイト芥川龍之介 『雛』
2009.05.05 [ Edit ]
『雛』 は、大正12(1923)年に発表された短編小説。
明治の昔、没落した士族の父は、立派な雛人形一式を骨董屋に売り、家計の足しにすることにした。買い手は横浜の亜米利加人。骨董屋は父に半額の手付金を渡す。
娘の 《わたし》 は、もう一度雛人形を見たいとせがむが、父は「一度手附けをとつたとなりやあ、何処にあらうが人様のものだ。人様のものはいぢるもんぢやあない。」と言って許さない。
いよいよ雛人形を手放す前の夜、《わたし》 は薄暗い行燈をともした土蔵に、父の横顔を見つける。父は雛人形を並べて眺めていたのである。
しかしわたしはあの夜更けに、独り雛を眺めてゐる、年とつた父を見かけました。これだけは確かでございます。さうすればたとひ夢にしても、別段悔やしいとは思ひません。兎に角わたしは眼のあたりに、わたしと少しも変らない父を見たのでございますから、女々しい、……その癖おごそかな父を見たのでございますから。
雛人形を愛する全ての女性に、娘を愛する全ての父親に、読んでいただきたい好篇である。
ヴァージニア・ウルフ 『灯台へ』
2009.05.02 [ Edit ]

イギリスの女性作家、ヴァージニア・ウルフ(1882〜1941)が、1927年に発表した長編小説 『灯台へ』 を読んだ。
(僕が読んだのは、上の画像の、古書店で手に入れた昭和31年刊行の新潮文庫版。表紙は旧字体だが、本文は新字体で書かれている。)
スコットランド西部(大西洋側)にあるスカイ島を舞台に、別荘に住むラムジー(ラムジイ)夫妻と8人の子供たち、夫妻の友人・知人が登場する。
小説は3部構成になっている。全体の半分以上を占める第1部は、ラムジー夫人が6歳の息子ジェームズを連れて、別荘から望む小島の灯台を見に行く前日の話(悪天候のため中止となる)。 第3部は、ラムジー氏が娘のカムとジェームズを連れて、小舟に乗って灯台へ行く話となっている。
問題なのは第2部で、わずか20ページ程度の長さなのに、10年の歳月が流れ、ラムジー夫人と子供たちのうち二人が死ぬ。まるでビデオテープの早送りのような超展開なのだ。(ちょうどこのあいだに、世界大戦をはさんでいる。)
意識の流れ - Wikipedia
本作のキーワードは、“意識の流れ” である。
何の説明も紹介もなしに、いきなり複数の登場人物の心理描写から始まる(そして最後までそれが続く)ため、最初はとっつきにくいのだが、読み進めるうちに人物や人間関係などがちゃんとわかる仕組みになっている。そして、最後は感動する。
登場人物も、一人ひとりが実に魅力的だ。特に、スポットライトを浴びるラムジー夫人とリリー・ブリスコウ(素敵な名前だと思いません?)という二人の女性の、対照的な生き方が深い印象を残す。
1927年といえば、日本では芥川龍之介が 『歯車』 を書いた年にあたる。それまでにないぶっ飛んだ小説が、世界的に多く書かれた時代だったのかもしれないと思う。
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鴻巣友季子による新訳版が出たばかり。これは読みたいと思っている。
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入手しやすいのは、御輿哲也訳の岩波文庫版。これも評判は良いようだ。
樋口一葉 『われから』
2009.04.30 [ Edit ]
それにしても、不条理な結末であり、誰も救われない。
追記
検索したら、こんなページが。御承知のように明治学院大学の前身となる明治女学校に集まった青年たちが「文学界」の同人です。西洋文学に通じ、プロテスタントとしてキリスト教信仰を持っている近代的なインテリの始まりのような人々です。そのなかには北村透谷もいたし、島崎藤村もいた、馬場孤蝶、戸川秋骨、平田禿木、星野天知といった人々がいました。彼等は『にごりえ』のお力が住んでいたような一葉最晩年の丸山福山町の銘酒屋に隣接した家をサロンのようにして集まっていたんです。彼等は一葉のことを、小説『やみ夜』のヒロインにちなんで「お嵐さま」とか、『嵐が丘』にちなんで「ブロンテ」などと呼んでいたそうです。この「文学界」同人の前にいた一葉の姿。
フェミニズム的文学論の”今”―樋口一葉研究を例に―
樋口一葉はやっぱり『嵐が丘』を読んでいたに違いない!
追記・2
読み終わったときは、「『嵐が丘』 に似てるなあ」 と漠然と感じた程度だったのだけれど、あとからじわじわ効いてきて、とうとう数日後の夢に出てきた。夢の中で、僕はある登場人物になっていたのである。ひどくうなされたらしく、びっしょりと汗をかいて目覚めた。
あらためて、すごい小説だと思った。
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樋口一葉 『ゆく雲』
2009.04.30 [ Edit ]
……手跡によりて人の顏つきを思ひやるは、名を聞いて人の善惡を判斷するやうなもの、當代の能書に業平さまならぬもおはしますぞかし、されども心用ひ一つにて惡筆なりとも見よげのしたゝめ方はあるべきと、達者めかして筋もなき走り書きに人よみがたき文字ならば詮なし、お作の手はいかなりしか知らねど、此處の内儀が目の前にうかびたる形は、横巾ひろく長(たけ)つまりし顏に、目鼻だちはまづくもあるまじけれど、鬂(びん)うすくして首筋くつきりとせず、胴よりは足の長い女とおぼゆると言ふ……
父親の手紙を代筆したばかりに、娘のお作は許婚・桂次の下宿先へ送った手紙を読まれ、その筆跡のみから器量、体型に至るまで、下宿先の後妻からひどいことを言われてしまう。桂次もまた、お作のことを頓死すれば良いのにと罵る。
あまりの悪口雑言に、僕は思わず笑い出してしまったのだが、本作はそもそも喜劇である。
ひどい言われようのお作は、最後まで登場しない。しかし、桂次を婿に迎え、それなりに幸せに暮らしているように思われる。桂次がかつて「のぼせて」いた下宿先の娘・お縫は一人取り残されて、笑みを浮かべるのは隣の寺の観音様ばかりである。
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