「考える」ことと「出力」の間
2007.12.22 [ Edit ]
MORI LOG ACADEMY: 本当に考えたの?
「考える」方法を学ぶ:DESIGN IT! w/LOVE
「考える」って、どういうことなんだろう?という話。
「考えるのと出力するのは別の行為」だなんて言ったのは、僕なんですけどね。(ブクマコメント参照。)
「考える」方法の一つとして、紙や PC に書き出すというのは、仕事術としては正しいことなのだと思います。(そのほうが仕事してるように見えますしね。)でも、このやり方、「書き出し」がよほど得意な人じゃないと、うまく行かないのではないかと思うんです。少なくとも、僕は紙や PC に書き出しながら自分の考えをまとめていくなんて、到底出来そうもありません。
僕が書いた「出力」というのは、紙などに書き出すばかりでなく、「言語化する」行為に相当するものだと思っています。(図表を作成する、作曲する、絵を描くといった非言語的な行為を含めても良いかもしれません。)
ところが、「考える」ということの中には、言語化する以前の、頭の中で発生するモヤモヤとしたもの、言葉にならない段階のあれこれを含んでいるのだと思います。そして、この段階のあれこれというのはかなり重要で、だからこそ、「考えを寝かせる」とか「構想をあたためる」といったことが出来るようになると思うわけです。
僕は文章を書きながら考えをまとめるのが苦手で、ある程度、結論めいたものを考えてから書き始めます。「書き出し」にとりかかるのに時間がかかるんですね。その代わりに、「書く」ときには、言葉を選んだり構成を整えたりすることに集中しますので、書いている間に結論がぶれたりすることはほとんどありません。この記事を書くのだって、数日あたためてから一気に書き上げようとしているわけです。
僕は作曲をやるのですが、3分間の曲を1曲作るのに、ピアノに向かって30分くらいかかります。(もっと速いひともいるでしょう。)でも、いきなりピアノに向かうわけではなく、少なくとも数日間、曲のことを考えながら、全く違う音楽を聴いたり、本を読んだり、料理をしたりします。つまり、このとき「構想をあたためている」わけで、こういう時間が非常に重要なんです。だから、30分で1曲作れるからといって、300分で10曲作れるわけではありません。
一方、僕は絵を描くのが苦手なので、100時間与えられても、おそらく1枚も描けないでしょう。
こういうのは人による、あるいは才能やスキルによる、ということなのかもしれませんね。
音楽、絵画といった芸術分野の例を挙げましたが、芸術以外の仕事分野にも同じことがいえると思います。
若い人たちと仕事をしていると、いや若くなくてもあることですが、深く考えずに発言してしまう人をよく見かけます。
そういうとき、「おまえ、もうちょっとよく考えてから話せよ」と思ってしまいます。
自分一人で誰にも見せずに、紙や PC に書き出しているだけなら(いわゆる“チラシの裏”ですね)構わないのですが、まとまりのない、浅薄で未消化な意見を披露されても、困惑してしまうわけです。
ここでは具体例は挙げませんが、“脊髄反射”というネット用語(?)を想起すれば、どういうことなのかお分かりいただけるかと思います。
「出力」する前に、よく咀嚼し、何度も反芻し、じっくりと消化する(消化器系の比喩が多いですな)ことによって、立派なうんこより良いアウトプットが期待できるようになるのではないでしょうか。
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「考える」って、どういうことなんだろう?という話。
その効率的な考え方というのが出力を増やす方法だと思うのです。
こう書くと「考える」のと「出力する」のが別の行為だなんていう人がいます。
でもね、「考える」のと「出力する」のが別の行為だなんていう認識が、そもそも「考える」という行為をむずかしくしちゃってるんじゃないかなと僕は考えます。
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「考えるのと出力するのは別の行為」だなんて言ったのは、僕なんですけどね。(ブクマコメント参照。)
「考える」方法の一つとして、紙や PC に書き出すというのは、仕事術としては正しいことなのだと思います。(そのほうが仕事してるように見えますしね。)でも、このやり方、「書き出し」がよほど得意な人じゃないと、うまく行かないのではないかと思うんです。少なくとも、僕は紙や PC に書き出しながら自分の考えをまとめていくなんて、到底出来そうもありません。
僕が書いた「出力」というのは、紙などに書き出すばかりでなく、「言語化する」行為に相当するものだと思っています。(図表を作成する、作曲する、絵を描くといった非言語的な行為を含めても良いかもしれません。)
ところが、「考える」ということの中には、言語化する以前の、頭の中で発生するモヤモヤとしたもの、言葉にならない段階のあれこれを含んでいるのだと思います。そして、この段階のあれこれというのはかなり重要で、だからこそ、「考えを寝かせる」とか「構想をあたためる」といったことが出来るようになると思うわけです。
僕は文章を書きながら考えをまとめるのが苦手で、ある程度、結論めいたものを考えてから書き始めます。「書き出し」にとりかかるのに時間がかかるんですね。その代わりに、「書く」ときには、言葉を選んだり構成を整えたりすることに集中しますので、書いている間に結論がぶれたりすることはほとんどありません。この記事を書くのだって、数日あたためてから一気に書き上げようとしているわけです。
僕は作曲をやるのですが、3分間の曲を1曲作るのに、ピアノに向かって30分くらいかかります。(もっと速いひともいるでしょう。)でも、いきなりピアノに向かうわけではなく、少なくとも数日間、曲のことを考えながら、全く違う音楽を聴いたり、本を読んだり、料理をしたりします。つまり、このとき「構想をあたためている」わけで、こういう時間が非常に重要なんです。だから、30分で1曲作れるからといって、300分で10曲作れるわけではありません。
一方、僕は絵を描くのが苦手なので、100時間与えられても、おそらく1枚も描けないでしょう。
こういうのは人による、あるいは才能やスキルによる、ということなのかもしれませんね。
音楽、絵画といった芸術分野の例を挙げましたが、芸術以外の仕事分野にも同じことがいえると思います。
若い人たちと仕事をしていると、いや若くなくてもあることですが、深く考えずに発言してしまう人をよく見かけます。
そういうとき、「おまえ、もうちょっとよく考えてから話せよ」と思ってしまいます。
自分一人で誰にも見せずに、紙や PC に書き出しているだけなら(いわゆる“チラシの裏”ですね)構わないのですが、まとまりのない、浅薄で未消化な意見を披露されても、困惑してしまうわけです。
ここでは具体例は挙げませんが、“脊髄反射”というネット用語(?)を想起すれば、どういうことなのかお分かりいただけるかと思います。
「出力」する前に、よく咀嚼し、何度も反芻し、じっくりと消化する(消化器系の比喩が多いですな)ことによって、
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