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From Tokyo to the world.

いかなごの炊いたん

2009.01.17 [ Edit ]

 親戚の Y さんが震災で家を失ったのは、彼女が70歳のときだった。
 親戚、といってもかなりの遠縁にあたり、僕はそれまで会ったことがなく、かろうじて父が連絡先を知っているだけの間柄だった。
 Y さんの住まいは、神戸の下町のアパートだったそうだ。関西の地理に疎いのだが、長田区のあたりだろうか。 地震のため長年住んでいた建物は全壊。独り暮らしのYさんは無事だったが、周囲の多くの方が亡くなったらしい。
 避難所での生活は長く続き、Y さんの仮設住宅への入居が決まるまで半年かかった。

 1996年3月。僕は、神戸を訪れた。
 震災から1年経っていたが、元町の商店街のビルが根元から倒壊して、隣りの建物に寄りかかるようになったまま廃墟と化していたのをはっきりと記憶している。

 神戸市北区。
 起伏の多い、山の中の新興住宅地の真ん中にある、児童公園だったと思われる土地にプレハブの長屋が所狭しと並んでいる。 その一室に、Yさんは住んでいた。 数日前に降り積もった雪が、日陰に残っていたのを覚えている。
 仮設住宅は、夏は炎天に晒され、冬は雪に閉ざされる過酷な建物だ。 ベニヤで仕切られた壁は、避難所よりましだったが、両隣の物音が全部聞こえてくる。

 僕の話し声は、若い頃の父に似ている。
 そんな僕の突然の来訪を、Y さんは喜んでくれた。
「近所に友達がいなくてねえ。日中は神戸までバスで出かけることが多いのよ」
と、Y さんは語った。
 バスは30分に1本。片道30分の道のりだそうだが、聞いてみると、ほとんど毎日のように下町まで出かけているという。

 Y さんから、おみやげに「いかなごの炊いたん」(正式には「いかなごの釘煮」という)を頂いた。
 タッパーの中にぎっしり詰められた、飴色の小魚。 関西ではポピュラーな食べ物らしいのだが、僕はそれを初めて見た。
 家に持ち帰って食べたら、すごく美味しかった。

 それ以降、Y さんと僕は時々手紙のやりとりをするようになった。
 同じ北区の市営住宅への入居が決まったのは、さらに翌年のことだった。 震災から実に2年以上も経過していたのだ。

 Y さんが市営住宅に移転して、さらに3年後のこと。 僕の出した手紙が宛先不明で戻ってきた。
 父に電話して、彼女の消息を尋ねたところ、数ヶ月前に入院し、そこで亡くなったのだという。 父がその事実を知ったのも、人づてであったらしい。

神戸市消防局:阪神・淡路大震災

 神戸市消防局のサイトには、阪神・淡路大震災の被害により、亡くなった方は6,434人にのぼると書かれている。
 しかし、Yさんは、この人数に含まれていないのだと思う。
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