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『ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち』

2008.06.15 [ Edit ]

『ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち』を読んだ。
近年、大流行のケータイ小説を巡って、少女文化、郊外、ヤンキー、デートDV、アダルトチルドレン等、様々な側面から掘り下げていて、非常に面白い本だと思う。
なかでも、僕が興味を持ったのは、「第2章 ケータイ小説におけるリアルとは何か?」である。

ケータイ小説の多くは著者、もしくは版元が「実話を元にした」話であることを謳っている。『恋空』は携帯サイトでの連載中は、「事実であること」を売りにしていた。それが書籍化され、版を重ねるうちに「事実を元にしたフィクション」という記述に変わった。ブレイクした時点での『恋空』は、読者に「事実」と映っていたのは間違いない。そこが、「リアル系」を良しとして、絵空事でしかない小説よりも、ドキュメント作品に感情移入する「リアル系」世代の読者にとっては重要な部分だったのだろう。

 第2章 ケータイ小説におけるリアルとは何か?


「絵空事でしかない小説」よりも、“実際にあった話”を好むという価値観、メンタリティは、ケータイ小説の読者(あるいはその世代)に限ったことではなく、実は昔からあったのではないか。

明治生まれの僕の祖母は生前、歌舞伎と時代劇が大好きだった。
歌舞伎が好きな理由は、演目の多くが“実際にあった話”(正確には実話を元にしたフィクション)だからだと言っていた。忠臣蔵も曽根崎心中も“実際にあった話”だから感動するのだという。銭形平次と水戸黄門を比べると、水戸黄門のほうが実在の人物だから“良い話”なのだという。
なんだかおかしな話のような気もするが、後に明治・大正生まれの高齢者と仕事上、接することが多くなったときに、こういう考え方が、僕の祖母に限らず、この世代の多くの人たちに共通する価値観であることに気づいた。
「『金色夜叉』は本当にあった話なんですよ。素晴らしいでしょう」というわけである。
さらに、この価値観は歌舞伎や通俗小説に留まらず、夏目漱石、谷崎潤一郎など文豪の作品にまで及ぶ。『痴人の愛』のヒロイン、ナオミのモデルになったのは誰か? といったようなことが真面目に研究されたりしているのである。また、長い間、純文学の主流であった私小説は、作者自身をモデルとし、作者の経験を事細かに綴るものであった。実在の人物や事件に取材したり、実体験に基づいたりしない小説は、“絵空事”、“荒唐無稽”と批判され、文壇から無視されるという時代が長く続いていたのである。

現代においては、小説とはフィクション=作り話であるということが、読者の間の共通認識とされている。作者の脳内で作り上げられた登場人物やストーリーは、それらが「リアル」に描かれているかどうかは別として、作者の想像力の賜物として評価されている。このような「作り話」を良しとする価値観は、古くは江戸川乱歩などの例があるけれども、小説の読者一般もしくは文学の世界で認められるようになったのは、この四半世紀のことではないかと考える。具体的には、SF、ファンタジーなどのジャンル小説が市民権を得た1980年代以降のことではないかと思うのである。(80年代といえば、村上春樹が登場したのも同じ頃のことだ。)

作者も読者も、従来の小説をほとんど読んでいないのが、ケータイ小説の特徴であるという。
彼らは、小説とは作り話である、という約束事に縛られていない(というか、そういう約束事を知らない)のではないだろうか。しかし、彼らのような新しい世代ばかりではなく、ケータイ小説に、「事実」や「実体験」を求めてしまう考え方は、意外と古くから存在するものだったのではないかと思うのである。


ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たちケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち
(2008/06/09)
速水健朗

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Comment

「本当にあった」というのは女性漫画雑誌や四コマ漫画雑誌なんかで見かけるタイトルですよね。男性誌だと週刊実話くらいしか知らないけど、週刊実話に掲載されているのが実話なのかは知らないw新潮45も実話系ですよね。
個人的には何故途中から実話ではなく実話をベースにしたフィクションというように路線変更を「せざるをえなかった」のか、という点ですね。
恐らく「はるかりん」のようなネタなんだかマジなんだか良くわからないストーリーや、レイプなどをストーリーの基軸に入れ込んでいる物語を「売る」にあたって事実であるとすると「風当たりが強かった」んじゃないんですかね。もしくは「ウラ取ったのかよ」みたいな。
携帯小説が実体験である、実体験であって欲しいというのは携帯というソリューションがもたらす「範囲の狭さ」というか、友達から来るメールを読んでいるような、あるいは自分や自分のごく限られた周辺に発生しているような感覚で「それ」を目撃しているのだというニッチな感覚もあるのかな、という気がします。
なので「フィクションです」と言うと「ネタかよケッ」みたいな感じになって読者は離れてしまうのではないかなあ、と思うし、そういえば最近あまり携帯小説の噂を聞かないような気がします。まあ私が聞かないってだけで携帯小説空間では相変わらず大盛り上がりなのかもしれないですけどね

ululunさん

「本当にあった」かどうか、というのは小説の価値の決め手ではないだろうと思うのですが、「本当にあった」と最初から謳っている以上、その部分ばかりがクローズアップされてしまうのかもしれませんね。

http://tdf001.blog78.fc2.com/blog-entry-112.html
最近のケータイ小説は、こちらの記事で紹介した『携帯彼氏』のようなホラー小説やミステリなど、実際には起こりえないと了解された上で書かれ、読まれるようになりつつあるようです。
爆発的なブームは過ぎているのかもしれませんが、もっと面白い小説が登場すると良いなあと思っています。

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