潜入調査 〜 超ディープなフェチの世界へ潜入!
2009.03.21 [ Edit ]
テレビ東京&BSジャパンの深夜番組 『潜入調査』 より。テーマはもちろん 「フェチ」。
13分くらいから全身タイツに、16分くらいから金粉に、グラビアアイドル尾崎ナナが挑戦します。
初体験のぎこちない感じがいいですね。
Watch 潜入調査 (09/03/11) in 娯楽 | View More Free Videos Online at Veoh.com
via 【ピッタリ】ゼンタイスレッド5着目【フィット】 - ★着ぐるみ★ゼンタイ★マスク★ BBS
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スポンサーサイト卒業式・一九七九
2009.03.07 [ Edit ]
高校の卒業式の最中に、ちょっとした事件があった。
僕が通っていた高校は都立である。今はどうか知らないが、当時はちょっとした受験校だった。1970年代の後半をどっぷりとこの学校で過ごしたわけだが、当時の都立高校は、70年代初めまで吹き荒れていた学園紛争(そう、高校にも紛争があったのだ)の嵐はとっくに消え去り、無気力・無責任・無感動の 《三無主義》 が定着していた――そんな時代の話である。
私服の学校だったのだけれど、昔は制服があって、学園紛争の頃の生徒会が学校当局と戦った末に、「服装の自由」 を勝ち取ったのだ、という噂というか伝説というか、そういう話が生徒たちの間に伝わっていた。
私服(生徒手帳には 「自由服」 と書かれていた気がする)だから、僕はふだんジーンズを履いて登校していた。ぱりっとしたブレザーにスラックスの者もいた。女子の服装はもっと幅が広く、ちょっとヤンキーがかったのから、スーツにパンストの子までいた。しかし、「自由服」 という建前上、常識的な範疇なら何を着ても構わないはずなのに、あえて詰襟の学生服(いわゆる学ラン)を着用するのは、かなり勇気が必要だった。学年に数名、学ラン着用者がいたのだが、彼らが何を考えているのか、僕にはわからなかった。
さて、卒業式である。
さすがにジーンズというわけにいかず、僕は初めて買ったスーツを着て、卒業式に出席した。他の大部分の生徒も男子はスーツかブレザー、女子はスーツかワンピースだったと思う。そして、例の学ラン組はいつものとおり学ランを着ていた。
式は予定どおりに進行し、校長が祝辞を述べている最中に、それは起こった。
数名の人間が突然、会場内に乱入し、卒業式が中断したのである。
闖入者はヘルメットを被り、タオルで覆面をしていた。子供の頃、テレビで見たことのある 《全共闘》 そのままの格好だった。覆面の男たちは壇上に立ち並び、拡声器をもったリーダー格の男が叫んだ。
「我々はァァァァァァ〜!!」
そのあとは音声が割れていて、何を言っているのかさっぱりわからない。
卒業生、在校生の一部、父母、教師でいっぱいの会場は騒然とする。祝辞を中断された校長は唖然とするばかりだった。
その時、卒業生の坐っている席から、何人かが立ち、つかつかと前方に歩み寄った。彼らは全員が学ランだったのである。学ランは覆面男たちを壇上から引きずりおろし、彼らに鋭いパンチを何度も浴びせた。一瞬遅れて、男性教師たちが闖入者を捕え、場外へと連れ去った。
ここまでの出来事は1分もかからない間に起こり、そして終わったのである。
式は何事もなかったかのように再開されたが、もはや誰も祝辞など聞いてはいなかった。そして、式の終了後、学ランたちに向けての声援の歓声が会場内に響いた。
あとから担任に聞いた話だが、卒業式を妨害した覆面男たちは学校の通報により、警察に引き渡されたらしい。また、彼らは母校の卒業生・在校生ではないということだ。
それともう一つ、僕が記憶に留めていることがある。覆面男たちを捕まえる騒動の間、教師を含め、誰も学ランたちの行動を止めようとはしなかったのだ――そんな時代の話である。
僕が通っていた高校は都立である。今はどうか知らないが、当時はちょっとした受験校だった。1970年代の後半をどっぷりとこの学校で過ごしたわけだが、当時の都立高校は、70年代初めまで吹き荒れていた学園紛争(そう、高校にも紛争があったのだ)の嵐はとっくに消え去り、無気力・無責任・無感動の 《三無主義》 が定着していた――そんな時代の話である。
私服の学校だったのだけれど、昔は制服があって、学園紛争の頃の生徒会が学校当局と戦った末に、「服装の自由」 を勝ち取ったのだ、という噂というか伝説というか、そういう話が生徒たちの間に伝わっていた。
私服(生徒手帳には 「自由服」 と書かれていた気がする)だから、僕はふだんジーンズを履いて登校していた。ぱりっとしたブレザーにスラックスの者もいた。女子の服装はもっと幅が広く、ちょっとヤンキーがかったのから、スーツにパンストの子までいた。しかし、「自由服」 という建前上、常識的な範疇なら何を着ても構わないはずなのに、あえて詰襟の学生服(いわゆる学ラン)を着用するのは、かなり勇気が必要だった。学年に数名、学ラン着用者がいたのだが、彼らが何を考えているのか、僕にはわからなかった。
さて、卒業式である。
さすがにジーンズというわけにいかず、僕は初めて買ったスーツを着て、卒業式に出席した。他の大部分の生徒も男子はスーツかブレザー、女子はスーツかワンピースだったと思う。そして、例の学ラン組はいつものとおり学ランを着ていた。
式は予定どおりに進行し、校長が祝辞を述べている最中に、それは起こった。
数名の人間が突然、会場内に乱入し、卒業式が中断したのである。
闖入者はヘルメットを被り、タオルで覆面をしていた。子供の頃、テレビで見たことのある 《全共闘》 そのままの格好だった。覆面の男たちは壇上に立ち並び、拡声器をもったリーダー格の男が叫んだ。
「我々はァァァァァァ〜!!」
そのあとは音声が割れていて、何を言っているのかさっぱりわからない。
卒業生、在校生の一部、父母、教師でいっぱいの会場は騒然とする。祝辞を中断された校長は唖然とするばかりだった。
その時、卒業生の坐っている席から、何人かが立ち、つかつかと前方に歩み寄った。彼らは全員が学ランだったのである。学ランは覆面男たちを壇上から引きずりおろし、彼らに鋭いパンチを何度も浴びせた。一瞬遅れて、男性教師たちが闖入者を捕え、場外へと連れ去った。
ここまでの出来事は1分もかからない間に起こり、そして終わったのである。
式は何事もなかったかのように再開されたが、もはや誰も祝辞など聞いてはいなかった。そして、式の終了後、学ランたちに向けての声援の歓声が会場内に響いた。
あとから担任に聞いた話だが、卒業式を妨害した覆面男たちは学校の通報により、警察に引き渡されたらしい。また、彼らは母校の卒業生・在校生ではないということだ。
それともう一つ、僕が記憶に留めていることがある。覆面男たちを捕まえる騒動の間、教師を含め、誰も学ランたちの行動を止めようとはしなかったのだ――そんな時代の話である。
今日の「もしかして」
2009.03.02 [ Edit ]

ありません!
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田中優子 『樋口一葉「いやだ!」と云ふ』
2009.03.02 [ Edit ]
![]() | 樋口一葉「いやだ!」と云ふ (集英社新書) (2004/07) 田中 優子 商品詳細を見る |
樋口一葉 『たけくらべ』 は、信如が水仙の作り花を美登利の家の 「格子戸の外よりさし入れ」、黙って立ち去るところで終わる。信如十五歳、美登利十四歳のことである。
私は『たけくらべ』の最後に残るこの水仙は、一葉が観じたその「何か」ではなかったかと思う。(中略)それに気づくには、長い時間を要するのがふつうであろう。一葉は二十一歳で、それを知った。五十二歳の今の私には、一葉の書いたことがわかる。一葉の見ているものが見える。しかし二十一歳の私には、とうていわからなかった。
『樋口一葉「いやだ!」と云ふ』
田中の抱いた感慨は、僕の感じたのと同様である。『たけくらべ』は少年少女の登場する小説だが、子供向けに書かれてはいない。二十四歳で夭折した一葉の倍以上生きた今読んで初めて理解できる(あるいはわかったような気になれる)作品なのだ。
本書は一葉の作品から、『たけくらべ』、『にごりえ』、『わかれ道』、『大つごもり』、『十三夜』 を取り上げ、江戸・明治の文化とのかかわりを中心に論じたものである。特に、『たけくらべ』 に書かれる吉原の高級遊女と 『にごりえ』 の銘酒屋の下級娼婦の違いなど、歴史的文化的な背景を知らなければ理解しにくい部分について詳しく述べられていて、作品理解の助けになる。
ところで、『大つごもり』 について書かれた章では、井原西鶴の 『西鶴諸国はなし』 の中の 「大晦日はあわぬ算用」 と比較した上で、共通点と相違点が細かく指摘されているのが面白い。
本書では触れられていないが、「大晦日はあわぬ算用」 は太宰治の 『新釈諸国噺』 の第1話 「貧の意地」 の元ネタ (というかほとんどそのままらしいのだが) である。もちろん、一葉と太宰ではかなり解釈が異なっている。粋な結末、という点は両者とも共通するが、これは西鶴を元とするものなのだろう。
こういう本を読み、いくつかの文学作品の点と線が結びついていくと、なんだかぞくぞくしてくる。これもまた小説を読む楽しみなのである。
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