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FETISH STATION

From Tokyo to the world.

夏目漱石 『三四郎』

2008.02.24 [ Edit ]

 熊本の高等学校を卒業した小川三四郎は、東京の大学に入るため、汽車で上京する。
 乗り換えのため名古屋で下車したところ、車中で知り合った女と、なぜか宿屋で同室をあてがわれ、一夜を同衾することになるが、純情な青年、三四郎は当然のごとく、手も足も出ない。
 別れ際、女は彼に礼を述べながら、こんなことを言う。

「さよなら」と言った。女はその顔をじっとながめていた、が、やがておちついた調子で、
「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言って、にやりと笑った。三四郎はプラットフォームの上へはじき出されたような心持ちがした。車の中へはいったら両方の耳がいっそうほてりだした。しばらくはじっと小さくなっていた。


 夏目漱石 『三四郎』(明治41年発表)の冒頭は、こんな具合である。前途有望な童貞青年がいきなりひどい目にあうわけだが、最初からこの主人公は読者の心を鷲づかみにする。
 さらに、車中では「髭の男(広田先生)」と知り合う。以下は停車中の浜松における二人の会話である。

 ところへ例の男が首を後から出して、
「まだ出そうもないのですかね」と言いながら、今行き過ぎた西洋の夫婦をちょいと見て、
「ああ美しい」と小声に言って、すぐに生欠伸(なまあくび)をした。三四郎は自分がいかにもいなか者らしいのに気がついて、さっそく首を引き込めて、着座した。男もつづいて席に返った。そうして、
「どうも西洋人は美しいですね」と言った。
 三四郎はべつだんの答も出ないのでただはあと受けて笑っていた。すると髭の男は、
「お互いは哀れだなあ」と言い出した。「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね。(中略)」と言ってまたにやにや笑っている。三四郎は日露戦争以後こんな人間に出会うとは思いもよらなかった。どうも日本人じゃないような気がする。
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
「滅びるね」と言った。――熊本でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。悪くすると国賊取り扱いにされる。三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。だからことによると自分の年の若いのに乗じて、ひとを愚弄(ぐろう)するのではなかろうかとも考えた。

*強調は引用者による。


 日露戦争後の戦勝ムードが日本中を席巻していた時代であり、「国が滅びる」などという発言は当時の“空気”には馴染まなかったという話である。百年前の小説に、空気を読むだの読まないだのという意味で、“空気”という語が用いられていることにまず驚く。だが、広田先生(漱石自身がモデルらしい)は、敢えて空気を読まずに、いや空気を打ち破る勢いで自己の意見を述べている。日本的な同調圧力に対抗しようとする、西洋流の個人主義思想の顕れである。
 西洋かぶれとも取れるこういった考え方が正しいのかどうか、三四郎にはわからない。しかし、上のような二つの強烈な体験を経ることによって、彼は熊本を出たことを実感し、東京での生活を始めるのである。

 第一章の小さなエピソードに触れるために字数を費やしてしまったが、小説 『三四郎』 はこの出だしが素晴らしいのだ。東京へ行くということについての希望と混乱とカルチャーショックが見事に描かれているからである。江戸っ子の「坊っちゃん」が松山の中学校に赴任し、大暴れの挙句に尻尾を巻いて帰京するのと丁度逆だが、おそらく多くの読者は三四郎のほうに共感するのではないだろうか。

 さて、東京での生活を始めた三四郎は、「三つの世界」 に囲まれることになる。
 一つ目は「脱ぎ棄てた過去」 即ち母のいる故郷である。
 二つ目は広田先生や野々宮君のいる学問の世界である。
 三つ目は女性(にょしょう)のいる華やかな世界、即ち恋愛である。
 三四郎は美彌子という都会的な美しい女性と出会い、恋に落ちる。学問の世界のうちに身をおきながら、頭の中は美彌子のことばかり考えている。しかし、冒頭で車中の女から「度胸のないかたですね」と指摘されたとおり、彼は美彌子に想いを告げることもできないまま、彼女はさっさと別の男のもとへ嫁いでしまう。

 後半、原田という画家が美彌子をモデルに絵を描く。最後の場面は、完成した絵が披露される展覧会である。
 皆が褒める、絵の中の美彌子の立ち姿は、三四郎が初めて彼女を見かけたときと同じものであった。もちろん、それは美彌子からの三四郎へ向けたメッセージにほかならない。
 絵を見つめながら、主人公が「迷羊(ストレイ・シープ)、迷羊(ストレイ・シープ)」と繰り返しつぶやく結末は、中空に放り出されたような終わり方だが、様々な余韻を読者に与える。奔放な女性と交わした様々な言葉の記憶について。失恋を巡る後悔と諦念について。そして、主人公のこれからの生き方について。

 一つの恋は終わるが、人生は続く。
 三四郎は、僕でありあなたである。
 出来れば、こういう小説は若いときに読んでおきたいものだと思う。

(本記事中の引用箇所は、青空文庫 - 夏目漱石 三四郎より。)



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ゼンタイ・ハグ - Pt1

2008.02.10 [ Edit ]

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ゼンタイのハグは、強く抱きしめるよりも、腕を絡ませるようにするといい感じです。

夏目漱石 『草枕』

2008.02.10 [ Edit ]

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。


 『草枕』のあまりにも有名な冒頭の一節である。有名ではあるのだが、わかりにくい。難解というほどではないが、わかったようなわからないような書き出しである。しかも、こういう調子で、抽象的な言葉が延々数ページにわたって続いて行く。
 三十歳の主人公 「余」 が山中を旅しながら芸術を志すという話だが、この時点では何が言いたいのかさっぱりわからない。

 「余」 に心得のある芸術とは、絵画、俳句、漢詩であり、これらの芸術について 「余」 はひたすら語る。しかし、自ら画工と称しているにも関わらず、作中では一幅の絵も完成しない。また、作中で詠まれる俳句は下手である。俳句を書き留めた写生帖が何者かによって添削されていたりする。(漢詩については不明なのだが、おそらく似たようなものではないだろうか。ご存知の方、ご教示ください。)
 要するに、自称芸術家の彼は作品と呼べるものをほとんど生み出さないのだ。彼の存在は、芸術について抽象論を述べてばかりいる点において、「我輩」が猫の分際で宇宙の真理について語るのと同列なのである。

 さて、ここに謎の美女、那美が登場する。
 彼女は何やら訳有りで嫁ぎ先から出戻った女性であり、旅先の温泉郷では村中で様々なことが噂されている。(しかも、「余」 の目の前に初めて姿を現すのは、温泉の中であり、いきなりその裸の肉体が描写される。)ストーリーは一変、読者の視線は那美とその周辺の人々を巡る出来事へと注がれる。しかし、主人公兼語り手の 「余」 が物語の進行を妨害し、動き始めようとする筋書きは何度も中断してしまうのである。

 旅の宿で、「余」 は英語で書かれた本の適当に開いたページを読んでいる。そんな彼に、那美は尋ねる。

「ホホホホ。それで御勉強なの」
「勉強じゃありません。ただ机の上へ、こう開けて、開いた所をいい加減に読んでるんです」
「それで面白いんですか」
「それが面白いんです」
「なぜ?」
「なぜって、小説なんか、そうして読む方が面白いです」
「よっぽど変っていらっしゃるのね」
「ええ、ちっと変ってます」
「初から読んじゃ、どうして悪るいでしょう」
「初から読まなけりゃならないとすると、仕舞まで読まなけりゃならない訳になりましょう」
「妙な理窟だ事。仕舞まで読んだっていいじゃありませんか」
「無論わるくは、ありませんよ。筋を読む気なら、わたしだって、そうします」
「筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋のほかに何か読むものがありますか」


 二人の会話は続く。

「全くです。画工(えかき)だから、小説なんか初から仕舞まで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへ逗留しているうちは毎日話をしたいくらいです。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなると猶面白い。しかしいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初から仕舞まで読む必要があるんです」
「すると不人情な惚れ方をするのが画工なんですね」
「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、御籤(おみくじ)を引くように、ぱっと開けて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」


 ここへ至って、「余」 は 「筋なんかどうでもいいんです」 と言って、小説のストーリーを否定してしまうのだ。小説の主人公が小説について語り、その通りに小説が出来上がっている。メタ小説、メタ文学といわれる手法である。
 さらにその後、那美を巡る物語は何度も途絶し、「余」 の自分語りがうるさいくらいに挿入される。
 「筋なんかどうでもいいんです」 と語られているとおり、「余」 が語っているのは筋=物語ではなく、その場面における絵画的な光景にすぎないからである。

 結末は那美達一行が、日露戦争中の満州へと出発する彼女の元夫を停車場(ステーション)で見送る別れの場面である。
 全編を通じてのクライマックスであり、感動の場であるはずなのだが、以下のように結ばれている。

 茶色のはげた中折帽の下から、髯だらけな野武士が名残り惜気に首を出した。そのとき、那美さんと野武士は思わず顔を見合せた。鉄車はごとりごとりと運転する。野武士の顔はすぐ消えた。那美さんは茫然として、行く汽車を見送る。その茫然のうちには不思議にも今までかつて見た事のない「憐(あわ)れ」が一面に浮いている。
「それだ! それだ! それが出れば画(え)になりますよ」
と余は那美さんの肩を叩きながら小声に云った。余が胸中の画面はこの咄嗟の際に成就したのである。


 「余」 は何かを勝手に成就させたようだが、読者は宙ぶらりんに投げ出されてしまっている。
 わけのわからなかった第一章を再読すると、最後に 「余」 が成就させたものが何だったのか判る仕組みになっているので(このあたり、極めて上手い仕掛けだと思う)、小説として破綻はなく、きちんと完成されているのだが、読者は他の登場人物とともに置き去りにされているのである。

 『草枕』 が発表されたのは、明治39年(1906年)、『我輩は猫である』 が雑誌連載中のことである。
 本作を、当時の流行であった写生主義、自然主義文学に対する強烈な皮肉と捉えるのは、穿ちすぎだろうか。
 近現代の小説においては、メタ小説、メタ文学というのはさほど珍しくいものではない。しかし、当時、このような作品が書かれたというのは驚くべきことだと思う。そして、漱石のこの名作は百年を経た今日読んでも、新たな驚きを読者に与えるのである。



草枕 (新潮文庫)草枕 (新潮文庫)
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夏目 漱石

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夏目漱石 『我輩は猫である』

2008.02.09 [ Edit ]

 我輩は猫である。名前はまだ無い。


という書き出しで有名な、夏目漱石の最初の小説である。(1905〜1906年発表)
 初めてこの本を読んだのは十代の頃だが、奇天烈な登場人物たちの落語風の会話が面白かった。三十代に再読したときは、地の文、即ち「我輩」による圧倒的な語り口に大笑いした。誇張なしに言うが、いずれも電車の中で読みながら、声を出して笑ってしまい、大いに恥ずかしかったのを記憶している。

 『我輩は猫である』 は漱石の諸作品の中で、ユーモア、風刺、皮肉といった点がずば抜けた特徴になっている。全編を通じたストーリーのようなものはほとんどないといってよく、細かなエピソードが次々と語られる形式となっている。しかし、一つ一つのエピソードは過剰に饒舌で、ときに脱線しながら続いていくため、だらだらと長い印象を受ける。もっとも、この「長ったらしい」という点については、「我輩」 自身も登場人物たちも自覚しているようで、そういう科白が随所に見られるのだけれど。

 主人公の 「我輩」 が、初めて飲んだ酒に酔い水甕に落ちて溺れ死ぬ、というのが本作の結末である。なんともやるせない、投げやりな終わり方だが、続編はもう書かないぞという作者の宣言なのかもしれないと思う。
 もっとも、猫の死に関しては、後日談が書かれている。小品集 『永日小品』(1909年発表)に収められた 「猫の墓」 である。

 猫の命日には、妻がきっと一切(ひとき)れの鮭(さけ)と、鰹節(かつぶし)をかけた一杯の飯を墓の前に供える。今でも忘れた事がない。ただこの頃では、庭まで持って出ずに、たいていは茶の間の箪笥(たんす)の上へ載せておくようである。

夏目漱石 - 『永日小品』より「猫の墓」


 「猫の墓」 には、漱石が飼っていた野良猫の死ぬ前後の様子が描かれているが、この猫が 「我輩」 のモデルになったらしい。また、『永日小品』 には、『我輩は猫である』 にも書かれている“泥棒に入られた話”を別の視点から書いた作品も収められている。おそらく漱石の持ちネタなのだろうが、饒舌な笑い話ではなく、落ち着いた筆致で書かれているという違いがある。

 面白い小説は、百年経っても面白い。
 『我輩は猫である』。
 何度も読み返したい一冊である。


吾輩は猫である (岩波文庫)吾輩は猫である (岩波文庫)
(1990/04)
夏目 漱石

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[はてブ] 僕の「お気に入り」を紹介します。[2008年改訂版]

2008.02.02 [ Edit ]

記事を読みながら、自分がお気に入りに登録しているブックマーカーがどのような「人」だったか、少しだけ確かめてみたくなりました。

気づきを得よう、刺激を得よう - お気に入りのブックマーカーを紹介します - 忘却防止。


僕も1年半くらい前に「はてブのお気に入り」を紹介する記事を書いたのですが、少しずつ状況が変わってきていて、お気に入りを入れ替えたり、ブクマの更新がストップしている人がいたりするので、このたび「2008年改訂版」を書いてみることにしました。
hatayasan との違いは、僕の場合、「人」に注目するよりも、ブクマのジャンル、タグ、コメントといったブックマークそのものに注目している点かもしれません。「ブログが面白いから」、「個人的に知り合いだから」といった理由でお気に入りに加えているケースもありますが、そういうのは敢えて本記事の紹介から外しています。



ソーシャルブックマークを利用する目的や考え方というのは、ユーザによって違うわけですし、どういう記事に興味を持つかという価値判断は、それこそユーザ一人ひとりによって、異なるものですね。
では、自分に合った「お気に入り」を見つけるにはどうしたら良いのでしょうか。


よりぬき「お気に入り」

そこで、本記事では、僕が「お気に入り」に入れているユーザのブックマークの一部を紹介してみたいと思います。
これはあくまでも、僕個人の価値基準で選んだ「お気に入り」ですが、僕がはてブを利用する上で、重要な情報源となっているものです。
みなさんが“自分に合った「お気に入り」を見つける”ためのヒントにしていただくことが出来れば幸いです。

なお、以下のリンクリストは、ブックマーク名(順不同)、はてな ID、僕のコメントの順に記します。(被お気に入り数の多いのも少ないのもあります。)
なお、「お気に入り」が増えすぎないように、ときどき入れ替えていますので、ご了承ください。

ekkenのB! (id:ekken)
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闇鍋ブックマーク (id:hatayasan)
Web とアウトドアという二つのジャンルに強い hatayasan のブックマーク。何年も前の記事を掘り出して下さるのが特徴です。yumizou さんと hatayasan がブクマした記事はたいてい僕もブクマしているのですが、興味の対象が近いのではないでしょうか。
おすすめタグは、[communication] [hatenab]

小林ブクマ (id:phk)
Heartlogicの小林さんのブックマーク。IT 系ライターらしく、はてブをブログのネタ(?)として活用されているようです。
おすすめタグは、ずばり [Web2.0]

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ユーザの傾向に合わせて、おすすめの「お気に入り」を自動的に表示するツールなどもあるようですが、こんな風に、自分の「お気に入り」をおすすめしあう人海戦術はいかがでしょうか。
もしも、こういうのを十数人でやったら、ほとんどのジャンルをカバーできるかもしれませんよ。


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