相手を「褒める」ということ
2007.05.31 [ Edit ]
しかしワタシにとっては、「誰かを褒めること」からして相当に勇気の要る行為だ。
誰かを「褒めること」も「けなすこと」も、実は「相手を自分の価値観の物差しによって評価付け、それを相手にハッキリ伝える」という点では同じ。
月がでたでた月がでた - 「手榴弾」と「砂糖菓子」
「褒めること」って、「自分の価値観で相手を評価する」ことなのだろうか?
僕は、自分の価値観について語る自信がない。
自分より年長の人間、自分よりはるかに優れた人間を評価しようとするとき、それを語ろうとする的確な言葉が見つからなくなってしまうことがしばしばなのだ。さらにつきつめて考えると、自分の価値観の卑小さに言葉を失うのだ。
では、相手が自分より年下(初心者と言い換えてもいい)だったらどうか。
最初のうちは、自信たっぷりに語ってみせるのだが、そのうちに自分の価値観が時代遅れになっていることに気づいて、愕然とするのである。
にも関わらず、僕が誰かを褒めるのは、(自分のではなく)相手の価値観や才能に共感するからだ。
貶すときはこの逆で、自分の価値観だけで対象を評価するのだから、自然と見方が厳しくなるのではないかと思う。そういう見方では褒められるほうもあまりうれしくないかもしれない。「砂糖菓子」の例えを用いるなら、菓子の中に苦いものが混ざっていたときの感覚だろうか。
このことを褒められる側の立場で考えてみよう。
例えば自分が好きな音楽や映画などについて褒められればうれしく感じ、逆に貶されると、この人とはちょっと合わないなと感じる、ということを経験する。これは褒める側の人が相手の価値観に共感するか否かの違いによるものである。
僕は下手くそなピアノ弾きで、ときどき人前で演奏することがあるのだが、たまにピアノのテクニックを褒めてくれるひとがいる。そういうとき、僕は「ああ、この人わかってないなあ」と心の中で思う。その人が自分の小さな価値観のみで褒めようとしているからだ。どうせ褒めるんだったら、テクニック以外の部分を褒めてくれればいいのにと思うわけである。
異性と仲良くなりたいと思ったら、髪型やファッションや趣味などを褒めるべきだ。
異性に限らず、そういうときに必要なのは、自分の価値観や趣味は一旦置いておいて、相手の価値観を肯定することだと思う。相手と仲良くなるということのほうが、自分の趣味を語るよりも優先順位が高いのだから。
「砂糖菓子を相手の口の中に投げ込む」のが難しかったら、せめて相手のそばにそっと置いてくるのでも構わない。いや、むしろそのほうが自然なやり方かもしれない。
ともむんさんが書かれているとおり、誰かを「褒める」のは難しい。
だが、それでも僕は褒めたいと思う。
共感を続けることが出来たなら、いつか相手の砂糖菓子が僕の傍らに置かれていることに気づく日が来るかもしれないのだから。
スポンサーサイトtwitterはやっぱり面白い
2007.05.25 [ Edit ]

と、今日の昼休みに書いたところ、friends の friends の friends あたりまで広がってしまったようです。
Twitter検索:10年前
10年前にやっていたことを淡々と書いているだけなのですが、意外に年齢層が広いことがわかったり、またそういう感想を書いているひともいます。
2年くらい前に musical baton というのがブログや mixi で流行りましたが、これはもっとすごいかもしれません。
なんといっても、口コミの広がる速さが圧倒的なんですよね。
twitter、やっぱり面白いですよ。
江戸川乱歩 『人間豹』
2007.05.16 [ Edit ]
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『人間豹』は昭和9〜10年に雑誌連載された江戸川乱歩の奇怪な小説である。
半獣半人の怪人“人間豹”が次々に美女を襲う、という荒唐無稽なストーリーだが、それ以上にフェティッシュな要素がふんだんに描かれていて面白い。
なんといっても、仮面、覆面、仮装、着ぐるみのオンパレードだからである。
前半、レビュー劇場に出演中の主演女優を怪人が誘拐しようとする場面がある。
舞台に怪人が堂々登場すると、劇場内は阿鼻叫喚に包まれるのだが、そこでは観客の全員が「レビュー仮面」というセルロイド製の笑顔の面を被っている。
誘拐は失敗に終わり、怪人は虎の着ぐるみに身を隠して逃走する。
と、万事がこの調子なのである。
さらに圧巻なのが後半に描かれる以下の場面。
名探偵・明智小五郎の新妻、文代さん(なぜか彼女だけは「さん」づけで書かれている)が恩田(怪人の本名)に誘拐されたところである。
「さあ、いい子だから、おとなしく着替えをするんだよ。まずそのバッチイのを脱いでと……」
恩田のぶきみな指先が、文代さんのからだから裂け破れたはんてんなどを、一枚一枚とはがしていった。最初のうちは抵抗をこころみたけれど、相手の目的が一変してしまったのだから、さいぜんのように死力を尽くす必要も感じなかったし、それにだいいち、からだじゅうの力という力が絞り尽くされて、これ以上の抵抗はまったく不可能であった。彼女はほとんど夢ごこちのうちに着物をはぎとられ、その上から暖かいクマの毛皮をすっぽりとかぶせられてしまった。
毛皮の腹部を切り開いて、シャツのように隠しボタンがつけてあるので、それを着てボタンをかけてしまうと、どこにも継ぎめのない完全な生きたクマができ上がる。人間の足とクマのあと足とはむろん形が一致しないのだけれど、その部分に巧妙な細工がほどこしてあって、外から見たところでは、少しあと足が太い感じがするくらいで、そっくりほんもののクマである。
「さあ、おクマさん、あんよだよ。あんよをするんだよ」
恩田はねこなで声でいいながら、いつの間に用意していたのか、猛獣使いの短いむちを取り出すと、おそろしい勢いでかわいそうなクマのおしりをたたきはじめた。しなやかなむちが空気を切って、パン、パンとへやじゅうに鳴りわたった。
これではまるっきり SM 小説である。
あわれ、クマの毛皮を着せられた文代さんは、この後、さらなる恐怖に晒されていくのだが、そして本作で最も美しいクライマックスへと繋がって行くのだが、そのあたりは皆さんが実際に本を手にとって、読んでみていただきたいと思うのである。

